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カンボジア|アンコールワットの面積や歴史、観光方法を徹底解説!

東南アジアはインドネシア半島の南部に位置するカンボジア。そのカンボジアで最も有名な観光地であるユネスコ文化遺産の「アンコールワット」。この記事では、東南アジア周遊中にアンコールワットを含むアンコール遺跡を観光した私が、その歴史や特徴からおすすめの観光方法などをお伝えします!

カンボジアの国旗にもなるほど象徴的な観光地で、生きている間に一度は行きたい場所としても名高いユネスコ文化遺産。興味のある方はぜひ最後までお読みください!

観光前に知っておきたいアンコールワットの特徴や歴史

まずはアンコールワットの全体像を把握しましょう。海外の観光をする中で、その土地や建造物の歴史や背景をしると納得感が生まれてより観光を楽しめます

アンコールワットの概要、面積や宗教的特徴

アンコールワットとは、カンボジアのシェムリアップという都市(首都はプノンペン)にある「アンコール遺跡」のうちの1つです。

アンコールワットがあの遺跡全体と思われがちですが、アンコールワットはその一部です。

なので、アンコールワットの周辺には同じような遺跡群(アンコールトムやタムロープなど)が並び、その合計の広さは約40000haで、東京ドーム約3000個分の大きさを誇ります。(驚)

その中アンコールワットは200haで、東京ドームでいうと15個分くらいです。

スケールの大きさが伝わりましたでしょうか?

さすがにこれらを全て周るのは骨が折れるので、遺跡群の何個か歴史的に価値の高く有名な遺跡を回るツアーがおススメされています。

知ればもっと楽しめる!?アンコールワットの歴史的背景

ここで、アンコールワットの歴史についても触れていきたいと思います。

カンボジアの国旗にもなっているアンコールワット、尖塔を始めとしたその独特なカタチの建造物はなぜあのような形で建造されたのでしょうか?

時はさかのぼり12世紀前半。

アンコールワットは、カンボジア王朝の象徴としてスーリヤヴァルマン2世によって、30年以上の歳月をかけて建てられたヒンドゥー教の寺院です。

当時は王の権威を示すため、王が代替わりした際にご先祖様を祀るため、そして新たな王の即位を示すために新しく寺院が作られました。アンコールワットもその一つです。

王が死に、アンコール王朝が終焉を迎え、隣国のシャム(現在のタイ王国)からの影響が強くなり、16世紀ごろにはヒンドゥー教寺院から仏教寺院へと改修されました。

そのためヒンドゥー教要素と仏教要素の入り混じる状態で現在まで残っています。

ヒンドゥー教と仏教の融合文化と言われているクメール文化は、このようにカンボジアの歴史の流れを表し、独自の発展を遂げました。

今は外装は仏教っぽく改修がされていますが、ヒンドゥー教の神々やヒンドゥー教の神話に登場する生き物などが廊下や壁面に施されています。

このように、カンボジアの栄枯盛衰をともにし、今もなお国のシンボルとしてそびえたつ独自の文化建造物が歴史的に価値が高いとされ、ユネスコ文化遺産に認定されています。

【アンコール(クメール)王朝の簡易歴史年表】

年代建設寺院/出来事内容
850年ごろアンコール王朝シャイレーンドラ朝からの独立。アンコール王朝(クメール王朝)の始まり
877年プリヤ・コーアンコール遺跡群の中で最古のヒンドゥー教寺院。ヤショーヴァルマン1世即位。
889年プノン・バケンアンコールワットに近い丘で、頂上には寺院も。夕陽見物の名所。インドラヴァルマン1世即位。
889年プレアヴィヒアカンボジアとタイの国境にある寺院。寺院の断崖絶壁からの絶景に「天空の世界遺産」と呼ばれる
1002年タ・ケウ「クリスタルの古老」という意味。結晶のように積み上がった石材が特徴的。スールヤヴァルマン1世即位。
11世紀末ベンメリアアンコール・ワットの約40km東の森の中にある寺院。アンコール・ワットに先立ち、そのモデルとして計画されたといわれている。
1113年アンコールワットヒンドゥー教世界観の集大成寺院。スーリヤヴァルマン2世即位。
1145年宿敵チャンパを支配ジャヤーヴァルマン7世の功労。チャンパ王国とは、南ベトナムにあった国。
1181年アンコールトムアンコール王朝の最盛期となる。アンコールトム=「輝ける新都城」(1190-1431)
1186年タ・プローム仏教寺院(僧院)として建立。樹木と寺院の絡みあいが神秘的。
1191年プリヤ・カーン「聖なる剣」の意味。チャンパに勝った記念に建立。
12世紀末ニャック・ポアン丸い島に仏教寺院を備えた人工の島。「絡み合う蛇」の意味。
1353年シャム軍との戦い➀シャム軍(現在のタイ王国)の第一回アンコール侵攻
1394年シャム軍との戦い➁シャム軍の第二回アンコール侵攻
1431年アンコール王朝の終焉シャム軍により王都アンコールの陥落。アンコール(クメール)王朝の終焉。

アンコールワットのおすすめ観光ルート&方法

それではアンコールワットを含むアンコール遺跡の観光ルートについてお話します。

旅行会社でツアーを既に組んでいる場合は、そのツアーの内容と照らし合わせてみてください。この記事では一人旅や現地でツアープランをたてる時に参考になる情報になれば幸いです!

アンコールワットの全体図を地図で理解しよう

まずはアンコール遺跡群と、アンコールワットなど主要遺跡がどのように配置されているのかを見て見ましょう。

後ほど詳しく説明しますが、アンコール遺跡群の見どころは➀~➄で記載しています。

左下のシェムリアップ国際空港が小さく見えるほど広い遺跡群ですね。

地図にはないですが、南にチケット売り場があり、まずはアンコールワットに向かって進み、アンコールワット、タ・ケウ経由でタ・プローム、ニャック・ボアン。最後に夕焼けをみにプノンバケンの丘に行くのがおススメのルートです。

➀アンコールワット→➁アンコールトム→➂タ・プローム→➃ニャック・ボアン→➄プノンバケン

その他、この遺跡には数多くの建築物があるので、パンフレット等で気になる遺跡があればぜひ行ってみてください。

詳しい1日観光の感想については下の記事からご覧ください!

1日アンコールワット遺跡ツアーの感想!おすすめの遺跡を5つ紹介!

アンコールワットでおすすめの観光方法|現地プラン

アンコールワットを含むアンコール遺跡群は徒歩で各遺跡を歩いて移動するには距離があります。

なので、移動手段が必要です。

バスやタクシーでもいいですが、最もカンボジアらしく自由に周れるのは、トゥクトゥクをチャーターすることです。

シェムリアップの街中にいる陽気そうなトゥクトゥク運転手を捕まえて、ツアーで周りたい所を伝えます。そこから料金交渉をして1日専属運転手になってもらうと非常に楽になります。

不安な方はホテルやゲストハウスにトゥクトゥク運転手を紹介してもらいましょう。後述するゲストハウスのツアーであれば安心して任せられます。

1日でアンコール遺跡群を巡るのであれば、1日移動を任せる運転手は必要ですね。

ゲストハウスでのツアーがおススメなので前日までにしっかり予約しておきましょう。自分が泊まっていない場所でも意外とうけいれてくれるところも多いです。

日本人とアンコールワットツアーが相乗りできるおススメゲストハウス

アンコールワットツアーを手配してくれるおすすめのゲストハウスは下記の記事をご覧ください。

シェムリアップの人気ゲストハウス3選!快適・格安・ツアーデスクあり

どのゲストハウスも日本人に人気で、宿泊するとだいたい日本人が泊まっていて、一緒にアンコールツアーを周ることもできると思います。

実際私は、たまたま居合わせた方と一緒に周ることになり楽しい時間を過ごせました。

まとめ:アンコールワットツアー前に事前の下調べを!

アンコールワットの特徴や歴史、おすすめの現地観光方法をまとめました。

私は東南アジア周遊中にカンボジアに訪れ、そこからアンコールワットツアーを申し込みました。それまでアンコールワットの下調べをせずに行ったので、その見た目にただ圧倒されるだけでした。

年表にもある通り、それぞれの遺跡ごとに建造された年代や背景は異なります。これらを知ったうえで各建造物を見て回るとより楽しめると思います。

例えば、時代の流れで宗教が変わった変遷を目にすることができますし、時代によって作り方やお金のかけ方、規模もまったく異なることが分かります。

個人グループで回るのもゆっくり出来ていいですが、日本語ガイドでのツアー参加もありです。しっかり理解したい方はベテランのガイドさんがいるツアーも検討してみてください。

アンコールワットはぜひ1度は行ってほしい歴史的遺産です。ぜひ行ってみてください!

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